★ 私のクロカンスキー事始め
信州日帰り!クロカンスキーガイドにいらっしゃいませ。
私が当HPの管理者、きんぴらと申します。以後よろしくお願いしますね。
さて私がクロスカントリースキーに出会ったのは中学3年の冬だったと記憶しています。
その年の初夏に、ふと本屋で立ち読みした「山と渓谷」誌にずるずると引きずりこまれて、夏休みには居ても立ってもいられずに奥秩父単独行。
初めて乗る夜行列車に炎天下の林道歩き、知らぬが仏でどえらい目に遭いました。
そこで懲りればいいものを、このまま引き下がっておくべきかっ、ともう高校受験どころじゃあない。
こんな危うい劇的な経験がこの世でできるんだ!と、月並みですが新しい世界がバーッと開けた。
今思えば、山らしい山のない千葉県に育ったにも関わらず、その後高校・社会人と山岳部山岳会、あまつさえ
山小屋従業員の生活も経ることになったきっかけは、あの本屋で何気なく手に取った「山渓」でした。
また実家の物置には、父親や叔父たちの登山ブーム世代がかつて使った山道具がダンボール箱に保管してあり、
「まだまだ働けるよ〜ん」と秋波を送って来ていたのです。まさに罠にハマったも同然といったところでしょうか。
さてそんなおよそ受験生らしからぬ年末。
愛読書の12月特集が、本題の「クロスカントリースキー」だったのです。
さすがに俺が住んでるのは千葉だぞ、と多少の躊躇はあったような・・・
しかし若さとは恐いもの。正月休みにはバイト代+お年玉を握り締めて、特集でクロカンツアー紀行を執筆していた
玉木氏の経営する神田「タマキスポーツ」で一式購入してしまっていました。
この時購入した板とビンディングは、フィッシャーのヨーロッパステップにケーブル時代のジルブレッタ100。
左の写真がそれですが、登山靴の横にワイヤーケーブルが見えると思います。
玉木氏が紀行文中で、北八ツの山岳条件で使えるように特製したと記した仕様と同等の、クロスカントリースキー
としてはかなり特異な選択でした。
まず板がライトマウンテニアリング用、つまりごつい。金属プレートが芯材をサンドイッチするメタルスキーです。
ソールも最近ではまずお目にかかれない、深めの階段のようなステップが切ってあります。でもエッジはなし。
これにケーブル式の山スキー用ビンディング。今から30年近く前のその頃はまだ、登山靴で山スキーをするのが
一般的な時代だったので、これを流用して手持ちの登山靴で履けるように仕立てたというわけです。
しかしこの選択はなかなか正解でした。
まず、頑丈この上ない。未だに問題なく使えますし、ちょっと派手にコケてもポッキリ行っちゃうなんてことはない。
登山靴にケーブルビンディングのために歩行感覚は山スキー的ではあるものの、剛性がありすなわち安定感も高い。
重さも山スキーやテレマークに比べれば軽いものです。
この初めてのクロカンスキーは、滑降を目的としない限りにおいて、多少の荷物を背負って野山に踏み込むような
ツアーには今でも最適じゃないかと思いますし、実際ほとんど十分間に合います。
まあビンディングが動作する時に「ギリギリッ」とエキスパンダーのような音がするのもご愛嬌です。
そうしたわけで、私のクロカンスキーは必然的に山っぽい方面から始まりました。
初下ろしはいきなり奥日光に泊まりで出撃。初日は光徳牧場で足慣らし、翌日に戦場ヶ原を縦断。
民宿の同部屋になった元競技者のツアラーの方から話しを聞いたり、思い出に残る初体験でした。もう遠い昔ですが、
楽しかったな・・・
人が山に分け入っていく時に心に生じる「非日常感」にすっかりヤラレていた私は、競技としてのノルディック
スキーや管理コースを回ることなどまったく興味を持てなかったどころか、存在しないと一緒なのでした。
つい最近になるまでは。
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